2019年4月27日(土)
2019年4月27日(土) 車中泊
8時過ぎに鍛冶橋着。トイレを済ませ、トイレのために辛抱していた水分補給をコンビニで行う。500mlのポカリを一気飲み。
柳通りを北へ北へ。
ここは出発点の西橋を通らず、一本西の西河岸橋を渡る。
橋のたもとは周辺の喫煙エリアになっていて、土曜日の朝からいるいる喫煙者。この人たちは夜勤明けなのか、それともこれから仕事なのか。
ぐるっと回って、スタートラインの日本橋。
すでに3人ほどのチャリダーが、ここを集合場所に集まっている。気が引き締まる。
8:30スタート。今回、楽しみにしていたのは広重の浮世絵ポイント。
日本橋は、多くは北側から撮影されているが、広重の絵は行列がこちらに向かってきている 。もしも出発の地として描いたなら、北から南へ進んでいるはずで、南からの絵じゃないかと。
朝から渋滞している。
歩きはじめて、ここから品川を過ぎるまではまったく東海道の面影などないだろうと思っていたが、店の名前を見ているとなかなか面白い。
「松屋」「三越」「丸善」「薮伊豆」…こういった屋号は200年前からあったかどうかはわからないけれど、古の縁を感じる。例えビルになっていたとしても。
銀座も宝飾店が集まっているが、これも当たり前なんだな、だって「銀」座なんだから。その中心地が今はハリー・ウィンストンになっているというのも象徴的だ。
8:45、出発から15分で休憩。というか腹が減ってしかたないので、銀座2丁目のウィンズ横のマックにイン。
銀座でもウィンズ横はウィンズ横の客層。
パンケーキが400円ぐらいで食えるかと思っていたが、エラ高いのでビックリ。
インド人店員の応対が雑で、ソーセージマフィンを頼んだけどあとからエッグマフィンでもよかったと後悔する。
外国人観光客も多く(日本に来てまでマックに入らなくても良さそうなものだが)、食っている私に旅行カバンが当たって恐縮される。
マックを出たところで、浮浪者が道で寝ている。銀座のビジネスマンとウィンズへ向かう客は何気に回避して歩いていくのがシュール。
東海道も新橋を過ぎると急に人が少なくなる。そしてなぜか周辺が野暮ったくなる。
このあたり、昔ビルがない時代には右側に小高い愛宕山が見えたんだろうな、と想像する(ビルの谷間から少し見える)。
金杉橋でトイレ休憩。少し足を休める。
歩き出すと田町駅に出るが、駅前に都営三田線の三田駅があり、驚く。
永らく東京にもいたが、田町=三田とは知らなかった。
野暮ったいという言い方は失礼だけれど、開発が遅れている感じが新橋からずっと続く。
このあたりの直線コースは、日本橋方面に向かって歩く人がたくさんいた。
大木戸あたりでは仲の良さそうなカップルを抜いたり、抜かれたりする。
こんな東京のど真ん中で、人気の少ない大通りでカップルで歩くのものなかなかいいなあ。
11:00、品川到着。
さて、広重ポイントは…、これだけ都市化が進んだら面影すらないだろうと思ったけれど、あまりの人の多さに歩道橋に上ってみると、そこから南に向いた風景は、「ここだ!」と思った(わからない?)。
休憩も兼ねて商業施設へ。
東京の駅前は洗練されているが、やっぱり新橋から品川まではイナたい。
「商業施設」としか呼べない。
まだ2時間半しか歩いていないがだいぶヘトヘト。
ここまで7キロで13千歩歩いているが、毎週近所を歩く7キロは8千歩ぐらいなので、なぜ歩数が増えているのかわからない。
LINEで息子曰く、「歩幅が狭い?」とか言われたが、心当たりはない。
トイレも済まし、歩きを再開する。
駅前の横断歩道で、向こうから来た女性に思いっきり足を踏まれる。
「痛い!」と声が出るほどで、向こうも踏んだことを意識していたが、「すみません」の一言すらない。
他人に足を踏まれたことがないのだろうか?
…それにしても痛い。右足の甲の部分を体重で踏まれた。
これから長距離歩くのに、大丈夫かと思えた。
つらい気持ちで歩いていると、そろそろ腹も減ってくる(さっき食べたところ?)。
京急の高架下はラーメンやカレーの食堂街となっていて、食指が動く。あー、ラーメン食べたい。
八ツ山橋から北品川商店街に入るのだけれど、事前のルーティングで不安だった箇所で、案の定間違えてしまう。
わかりにくい。
ここから本格的に旧街道の趣となってくる。
いよいよ本格的に腹が減ってきて、うなぎの匂いが強烈に誘い、来た道を戻ってしまう(たぶん「うな泉」だと思う)。
しかし、このあたりが初日あるあるで、ついつい距離を稼ぎたい気持ちになって先を急ぐ。
なかなかいい商店街で、ところどころトイレ休憩しながら行く。
「やまのて青果」という魅力的な八百屋もある。
南品川のセブンで食べたい物を物色するが置いておらず、いつものパンケーキとタマゴサンドと野菜ジュースを買って歩きながら食べる。
このあたりも距離を稼ぐモード。
さすがに休憩を取りながらとは言え、4時間歩くとだいぶ疲れている。
トイレ休憩を兼ねて品川区民公園に入っていく。少年野球のそばで休もうかと思ったが、ちょうどいい具合にテニスコートそばの屋根付きベンチが横になれる。
少し雲行きは怪しくなってくる。
12:45から13:10頃まで靴下も脱いで目を瞑る。
…13時からコートを借りている奥様方、13時までの方がベンチを使って時間調整しており、今一つ落ち着かないが、ああ、いよいよ東海道歩きを始めたんだな、という実感も湧いてくる。
まだ今の時間でも13時で、日没まで5~6時間ある。
場所は大森も近いので、当初予定の川崎は通過できそう。
ネカフェの混雑状況を見るとすでに満席である。
よし、川崎から神奈川までは電車を使うつもりだから、その次の宿場の保土ヶ谷まで行ってみようと決める。
再び歩き出して鈴が森の刑場跡あたりから、傘が必要な雨となってくる。
一旦国道に出て再び街道筋に戻ると、さすが大森、海苔問屋が今でも軒を連ねている。おいしいのかな?
初日から雨も強くなり、疲れも累積してきたのでどこかで休息したい。
大田区体育館の地下でトイレを借りるも、不審者扱いだった(人気もなかったしね)。
10連休とはいえ、土曜日の午後に体育館に人がいないの?
トイレのみで休息できなかったので、もう少し進んで大田区産業プラザに入る。
なんか催しもあるみたいで、体育館より賑わっている。ここで15時頃。
さあ、いよいよ六郷の渡しで、多摩川の畔には渡しの碑があるはず…ない?何か勘違いしたのだろうか。
気を取り直して六郷橋を渡る。
これからずっとそうなるのだが、広重ポイントはあらかじめよく確認しておく必要がある。
さもないともう一度戻ったり、ずいぶん大きなロスがあったりするからである。
川崎は、この橋から対岸を見た絵になっており、雨が降っていることもあって叙情的な感じが一致する。
そして4年前の悲劇を思い起こして、思わずここで合掌する。
六郷橋は結構長いが、自転車で割に多くの野球少年が川崎側に帰っていく。
川崎の少年たちが橋を渡って、多摩川北側の河川敷で野球をしている模様。
川崎に渡ってまた旧街道に入る。
旧街道として整備されているが、北品川商店街などと違い、今は都市化したところを無理くり旧街道整備したような感じになっている。
雨が上がって折り畳みをバッグにぶら下げて歩くが、すぐに落ちてしまう。
川崎は30年ぶりぐらいになるだろうか。
もっと大きな街だった記憶があったが、一本東に逸れるとそうでもないな、って感じ。
京急川崎駅近くを通るが、本当に川崎?と思った。因みに宿泊予定だった快活CLUB川崎店は相変わらず満室状態。
膝栗毛では、川崎のはずれから神奈川宿の入り口まで馬を使っているので、私も「馬」を使わせてもらうことにした。京急のこと。
この旅、基本的に舟、渡し、馬、駕籠を使ったところは歩くつもりはない。走破が目的、でもない。
膝栗毛に描写がないのには、そもそもそれなりに理由があると思っている。
京都から大阪まで歩いた時に、橋本、枚方、守口、高麗橋までの間、あまり見るところはなかった。
だって街道はあるものの、昔はほとんど伏見から天満まで舟で行ったはず。
…描写がないところは、何もなかったのでは?実際にこの区間も地図で見ると埋立地だし。
足はもうだいぶ限界。
八丁畷から仲木戸まで乗ろうと思っていたが、待てよ、神奈川宿の入口との記述がある。
走破が目的ではないなどと言いながら、ここは大事を取って一つ手前の神奈川新町にする。
が、結果的には仲木戸でも、何なら神奈川でも良かったのである。
キリンビール横浜工場から神奈川までは、最後、宮前商店街にやや趣を残すだけで、ほぼ第一京浜を歩くのみなのだから。
もとい、15時45分頃に神奈川新町につき、ベンチで裸足になって休憩。マメはまだ出来ていなかった。
京急の普通は通過待ちが長く、多少恥ずかしかったが通過待ちの皆さんに見られながら20分ほど休んでまた歩き出す。
すでに書いたとおり、ただ第一京阪を歩くだけなのだが、駅周辺には本当に旧街道らしい細道がなく、迷った。
いや第一京浜を歩くのは簡単なことなのだけれど、見落としていないだろうかと焦るトウカイダーあるあるではある。
宮前商店街を登り、JRを越えてそろそろ広重ポイント。
台町は、なんとなくわかった!
これから先、ゆるゆると坂道が続いていく。
が、もう一度、環状1号に合流する西口ランプ入口のところでまた迷う。
「こんな太い道を歩くはずがない」とすぐに思うようになった貴方は、初日からトウカイダー。
日は傾いてくるわ、道はわからないわ、ロスしたくないわ、疲れてくるわ、多少気持ちは焦る。
スマホから旧東海道サーチをするとどうやらこれで良くて、本のおかしな表記は「古東海道」らしい。
紛らわしいなあ。
しばらく住宅街を歩いていくと行き止まり。家の前の植栽をいじっている老人に道を尋ねる。
浅間神社ってどこですか?という聞き方で正解。本もちゃんと書いとけよ。
雨上がりの夕焼けは綺麗だった。
しばらく歩くと、「松原商店街」が賑わっている。不思議。シャッター商店街が多い中、たくさんの地元の人がいて、しかもここは横浜。なんか昔の祭り、あるいは学園祭の夕暮れみたいな雰囲気がすごくいい。また来たい。
さ、そろそろ保土ヶ谷の広重ポイントが近いけれど、帷子川にかかる帷子橋は今はなく、保土ヶ谷駅前に移設されているらしい。
まあ、どこかわからないけれど…と思いつつ、細い川を渡る。
その瞬間、「あれ?」と思う。
しばらく天王町の駅前まで歩き、客引きのオネイサンたちを横切るが、これはそのまま行き過ぎてよいものだろうか?
だって今はない橋なのだから、何かを感じたところで意味はないはず。
念のため、天王橋から帷子川を横切って戻ると、ここではない。
やっぱり、さっきの旧街道にかかる橋だ。
あの手前からの風景。写真に残すと夕日が眩しい。
17:44、今日はこれで終わりにする。
保土ヶ谷駅から18:14発の湘南新宿ラインに乗り、今日の宿東戸塚へ。
明日の道程を車窓から追うが、これは遠い。無理して歩かなくてよかった。しかも山だらけじゃないか。
はじめてのネカフェにはやる気持ちを抑えつつ、腹ごしらえのためにネットで駅前を検索。
もう一歩も歩きたくないが、松のやがあるじゃないか。
ロースカツ定食を食べる。旨い。かつ善の半額でこの味なら、大満足。ソースが旨い。
18:48、チェックイン。
はじめてなので、説明を受ける。店員さんは嫌な顔一つせず、説明してくれる。
部屋はどの部屋がいいか聞いてくれたので、「できるだけ静かなところを」と伝えると、「実際にはどうかわかりませんが、ドリンクバーから少し離れたところのほうがいいかもわかりません」との答え。非常に好感が持てた。
なお、こういったことを毎回聞いてくれるのかと思ったら、以降は一切ありませんでした。
フラットブースは快適快適。
クッションが良く、パソコン画面も大きい。
早速有料のシャワーを30分利用(30分も使っていないが)して疲れを取る。
あとはドリンクバーでソフトクリームを食べ、快適快適。
一つ困ったのは、画面が眩しすぎること。
店員さんにディスプレイの電源を教えてもらい、ツイッターを確認したあと寝る。
結構騒々しいが、耳栓をすれば眠れる。
20:30から23:30まで寝たあと、またネットで明日のルート確認。
さすがにこの時間帯はダーツ客も帰り、だいぶ静か。
まったく予定していなかったが、せっかくこの感動を何かにまとめておきたい衝動に駆られる。
かといって筆記用具は持ってきていないし、書き留めるパワーもない。
すぐに、ネットを使って画期的な方法を思いつく。
今日のまとめを送信して、再び2時頃から横になるが、うつらうつらであった。
4/27(土) 8:30-17:44 26.2キロ 45千歩
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