マルチ商法。
ブートを書かないという禁忌をまた破って、少し書いてみる。何せ、私の三十有余年に及ぶブート経験の中でも驚愕に値するブツだ、と思うのでちょっと興奮している。
ビートルズのブートは、アンソロジー・プロジェクトで焼き野原となり、残る正規音源の未CD音源も、キャピタルシリーズと一昨年の圧倒的なリマスターで、ペンペン草も生えない状況となった、と勝手に思っていた。
だから、この“ABBEY ROAD MULTI TRACKS SEPARATED″というブツは去年の秋にリリースされていたにも関わらず、まったく知らないでいた。
ブートというのは、大まかに言えば“公式発売されていない″ライブ音源、アウトテイクの類いである。だがこのブツは、そのいずれでもない。なぜなら、“公式に発売されている″。
ではなぜ、そんなものに正規の3倍以上の価格がつけられていても買うのか。なぜなら、1曲がこれにはトラックごと収録されているからである。
ラーメンではなく、茹で上がった麺と、熱々の2種類のスープと、具材が別々に出て来るようなものだ。しかも40年前の。
凄い時代になったものだ。まさか、こんな時代が来るとは。今までのブートは、いわば店主が試作のラーメンを勝手口外のゴミ箱に捨てたものを、どこかの食うに困った人が拾っていって、物好きな人に高値で売りさばいていたようなものだが、今回は、厨房の中に入らないと入手できないブツが流出したようなものだ。
他のマルチトラックスのラインナップを見ると、必ずしもすべてのアルバムから流出しているわけではなく、どーも2009年にジャイルズ・マーディンがゲーム“Rock Band″製作の際にマルチミックスを作っているので、その時に流出したのではと睨んでいる。
さて内容はというと、音質は非常に良く(一説にはMP3)、ステレオ収録されているように聞こえる部分もある。マルチトラック、といいながら実はマルチトラックではない。何度もリダクション・ミックスが済んだ、最終5トラック分
に過ぎない。曲によって異なるが 、5トラック分収録されている曲が多い。ストリングスが入っているし、“MEAN MR.MUSTARD″“POLYTHENE PAM″は繋がっているので8月も中旬の状態に違いないのだが、コンプリート・レコーディング・セッションを読み返してもよくわからない。
何より、“HER MAJESTY″の“最後の一音″が残っているのがよくわからない。先の2曲にあったのを切り取って最後にくっつけただけなら、一音あったらおかしいことになる。蛇足だが“ROCK BAND″シリーズではカウントインからあの大音量の“最初の一音″となるようだが、それはフェイクだと思う。また、完全収録としながら、“I WANT YOU″はどのトラックも2分46秒しかない。この曲こそ、“最後の一音″が聞きたかったのだけれど…。
ともかく、「焼け野原」だと思っていたビートルズのブートは、“ROCK BAND″シリーズにせよこのブートにせよ、これまでのブートからは新しい局面に入り、マルチトラックの“ある”トラックを聞かせるブートが流行っていて、トラック数だけ、テイク数だけブートで出せるのなら本当に「マルチ商法」なのかもしれない。
どの曲も、ああ、こんな音が入っていたんだという驚きは売り文句どおりで、カウントインやフェイク・ボーカル、うっすらとしたガイドボーカルも聞こえる。“I WANT YOU″のビリー・プレストンのハモンドオルガンとコンガのトラックなんか、ずっと聞いていたい。
ポールのピアノに併せて歌ったり演奏したりすることもできるし、この上ない贅沢ができる。
1曲1曲書き出すとキリがないので、またの機会にしたいが、しかしなによりこのブツを入手して感無量だったことは、このアルバムにこだわって約40年、HPに書いて10年たっても、またアルバムの印象を変えるような感想がもてたことだ。
“COME TOGETHER″を除くA面曲と、“YOU NEVER GIVE ME YOUR MONEY″は春にほぼ完成していた。つまり、4人最後のレコーディング・セッションというのは残りの曲の完成に心血が注がれた、という印象は10年まえにホームページを立ち上げた時から変わらない。
あれだけの曲群を完成させ、ミックス・ダウンまで2ヵ月弱、というのは土台無理だ。で、今回聞いて、夏のセッションの最後の輝きは“POLYTHENE PAM/SHE CAME IN THROGH THE BATHROOM WINDOW″だと感じた。リンゴの言う「ノッてる」感がどのトラックにも溢れている。“COME TOGETHER″や“BECAUSE″、“THE END″はどうなんだ、と言われるかもしれないが、ジョンの2曲ともうひとつのジョンのメドレーについては他の3人の「手伝っている感」が強い。“THE END″もノッてはいるが、それはギター・ソロだけだ。
あとの時間は自分の曲に全力を注ぎに注いだ。そこには、互いに協力関係があったような愉しさを聞くことは、私にはできない。そもそも、互いに関心があったかどうかもわからない。
もう一度40年近く前のことを思い出すが、ビートルズが“COME TOGETHER″のような、これまでのビートルズにはないような曲をA面1曲目に披露し、そのA面は斬新な決着をつけた後、B面後半は一気に畳み掛ける。どの曲のイメージも、アルバム自体のイメージも、「洗練されている」「クールである」。裏を返せば、これまでのビートルズにあった「親しみやすさ」がなく、A面もB面も唐突に終わる。それまでのビートルズのどのアルバムとも違う、異質なアルバム。それは、自分の曲に全力を注ぎ、他人の曲には最大の協力を惜しまないがでしゃばらず、ジョージ・マーティンの言う通りにしたアルバム。それゆえ極めて完成度が高く、マーティンも含め全員が慎み深い。おふざけやお遊びがなく、あっても計算されている。
このアルバムのサブタイトルは“完成”なのだと思う。“GET BACK”もグループもマネージメントも暗礁に乗り上げているが、ともかく、2月以降のマテリアルを短期間でちゃんと完成させて(そのためにはジョージ・マーティンの助力も得て)、曲が足りなければ補完して、夏の終わりには1枚リリースする、それが目的だった。“完成”だったからこそ、アルバムタイトルに“EVEREST”が候補となったのかもしれない。その完成は、最高峰を制覇したのではなく、“ABBEY ROAD″にあるスタジオで行われたビートルズ最後の作業だった。あとはポピュラー・ミュージックの歴史に語られることなのである。
上記音源が見つからなくてすみません。他のマルチトラックスから。
ハーモニーグループとして秀逸なグループだったことに、いまさら驚く。
ピアノが素晴らしい。R&Bっぽい。
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