首領クリムゾンの宮殿
ここのところ音ネタが飛んでいるのでキング・クリムゾンの話などを。
まあ円広志も音ネタなんだけどね。
この歳になるとあまり広がりがなくて、同じアーティストを一定のローテーションで聴いているように思う。ビートルズ→フロイド→ツェッペリン→ディラン→クリムゾン→クラプトンまたはヘンドリックス→ビートルズ、ってな感じだろうか。基本的にフロイドやディランはダウナー系で、ツェッペリンを聴いている時は大概アッパー系だ。だからツェッペリンを暫く聴いていないな、と気付く時は、精神的にやや持ち直してきているバロメータになっている(底にいる時はそんなことにも気付かない)。
ではクリムゾンを聴いている時はどんな時かというと、これが単純には言えない。。“IN THE COURT OF CRIMSON KING″“STARLESS″“THELA HUN GINJEET″をそれぞれ聴いている時は違うかも知れないし、同じかも知れない。
自分にとって一番しっくりくる答えは、その昔仮面ライダーにショッカーの首領というのがいて、絶えずKKKみたいな覆面を被っているのだが、最期の戦いでライダーが覆面を剥ぎ取るとその下からは妖女ゴーゴンのような蛇だらけの頭部が現れる。それだけでも十分なのだが、ライダーは何を思ったか、さらにそれを剥ぎ取ると、まるでスペル星人のような、クエスチョンマンのような白く不気味な一つ目の頭部が現れる。つまり、“IN THE COURTOFCRIMSON KING″は蛇頭で、“DISCIPLINE″は白頭なのである。誰も分かってくれないだろうなあ、たぶん。
これまでの人生で、“IN THE COURT OF CRIMSON KING″と“LAYLA″の2曲は、初めて聴いた時から完璧な曲だった。“MARS″を聴いた時も驚いた。こんな“必然的な″曲があるのか、と。
未だに、ロバート・フリップの策略だ、とか言いながらも、喜んで騙されようとする人は多いのは、なぜなんだろうか?
たぶん、みんなスキヅォイド・マンなんだ、と思う。私を含めたわれわれに提示されるべきは、彼らによって周到に用意された、クリーンな音なのだろう。
私が初めてクリムゾンを聴いたのは、「新世代への啓示」発売時である。まさに私には「啓示」に外ならなかった、のである。
しかしその時すでにクリムゾンの実体はなく、過去のバンドと化していた。上記のとおり“IN THE COURT OF″は今もって私の人生の一曲であるが、本当にクリムゾンに撃ち抜かれたのは“DISCIPLINE″だった。
この出し抜き感。「神殿」でも「ブラック」でもない(「太戦3」はあったけれど)。レコード会社に折れてバンド名をクリムゾンにした、というのは有名だが、今もって「だからクリムゾンではない」というファンはかなり減っただろう。「宮殿」も「アイランズ」も、「アースバウンド」も「レッド」もクリムゾンの横糸で紡がれているのである。この、音に対する誠実さ。
またまた話がそれてしまった。ジミー・ペイジやキース・リチャーズのように何弾いているかわからない音の塊を聴いても、アドレナリンが出ている場合は大丈夫だが、出ていない時は疲れる。かと言ってディランでもあの独特のボーカルが疲れる場合もある。いずれにせよ、クリムゾンが聴きたいと思う時は、多少疲れている時に違いない。クリムゾンは私をいらつかせたりはしないのである。
気持ちが「蛇頭」の時、自らの姿にうちひしがれたい時、あるいは蛇頭を引きはがしてその下にある「白頭」に変身したい時、私はクリムゾンを聴くのである。
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コメント
この2009年のスタートがまさに始まったことが実感出来るこの時に、キング・クリムゾンを取り上げるのは一つの決断でしょうか?>私は未だにビートルズをけ落としたという恐ろしい「宮殿」の世界がどうしても聴けずに悔しかった1969-1970年頃のイライラ感と、ついに聴いた「宮殿」の恐ろしさの感覚は今でも新鮮です。"Epitaph""The Court of The Crimson King"はロックって恐ろしいとすら思ったほどの感動でした。その後「太陽と戦慄」でのジェイミー・ミューアに知らない世界を叩き付けられ、「レッド」の"Starless"で泣かされ、キング・クリムゾンの全てをそこで私の世界ではケリを付けたつもりでしまいこみました。
しかし、その後も私の棚の中はクリムゾンのLPやCDが増えるばかり、1974年のニューヨーク、セントラルパークの音が何時も頭にあるのです。
しかし、「Discipline」の登場は一つの締めくくりに大きな効果がありました。これでほんとに私のクリムゾンは終わったと。その後は非常に気持ちが楽になってクリムゾンに相対することが出来たのです。今も対話はしているつもりです。
しかし、クリムゾンは私は自分のブログでも一度も取り上げていません。今でもその話題に恐怖すら感ずるのです。しかしこうゆうバンドが存在した世界にリアル・タイムに居る事が出来たことは、非常に幸せであったということなんです。どうも・・・・・
投稿: *floyd | 2009年1月24日 (土) 22時39分
コメントありがとうございます。
セントラルパークの音が何時も頭にある、とおっしゃるのは、74年7月1日から時間が止まっている、ということなのでしょうか。それともベストライブとして撃ちぬかれてしまった、ということなのでしょうか。うむむ。
投稿: '59 | 2009年1月25日 (日) 02時34分
キング・クリムゾンの進化は何だったんだろか?何時も掴めないままでありながら、その魅力に74年まで引っ張り込まれ、そしてその後の「Discipline」まではライブものをあさっていた。(そうせざるを得なかった)
「Discipline」の登場は、いわゆるよく言われたポリリズム・アンサンブルの妙、泣きギターと異なった弦楽器の別世界のツイン・ギター・プレイ。フリップの頭脳がここに至ったことは必然だったのかも知れないと、ようやく過去のクリムゾンが見えてきたというお粗末な私の歴史でありました。
投稿: *floyd | 2009年1月25日 (日) 10時57分