2019年2月 9日 (土)

「カメラを止めるな!」を止めるな!

Kametome                                ©ENBUゼミナール

 
「カメラを止めるな!」に関して言えば、3月1日に日本アカデミー賞が放送、翌日にスピンオフが配信、そして翌週にいよいよ地上波で放送されるという絶妙のタイミングで、たぶん昨年の夏以来2度目のパンデミックが起こるかもしれません。
 
ずーっと考えているのだけれど、なんでこんなにこの映画が面白いのか。
 
ちょっと見始めると、結局最後まで見てしまい、何度も何度も見てしまう。
「アツアツポイント」が本当はどこなのか、正直よくわからない。
 
最初の7分、本当に退屈だった。でも2回目は、見入ってしまう。
まったく同じ映像が、まったく異なって見えてしまうのはなぜなんだ。
 
たぶん、まず何より、コメディ映画としてよーくできているんだと思う。
 
そしてひょっとしたら、「よくわからない」ところがアツアツポイント、なのかもしれない。
 
ホラー映画って、ひとつ間違えると笑えてしまえるので、そのあたりを逆手に取ったのは、たぶん「悪魔の毒々モンスター」あたりからなのだろうか。 
監督は自ら、「この映画を家族愛だという人も、仕事愛だという人もいるけれど、それは、僕自身それを出そうして制作したわけじゃないので、見た人が感じ取ってくれればいい。ちょうど映画の中で、『出す』んじゃない、『出る』の!と言っているように」とどこかで言っていた記憶がある。
 
そのために、ポイントでのカメラワークや演技、音楽まで、何度も何度も「カメラを止めて」、演出を決めている形跡が見られる。ワンカットなんて問題外。でも監督は、そこまで練り上げていながら、絶対にワンカットの(笑いの)疾走感を手放そうとしていない。
 
これは絶対に舞台ではダメで、映像表現でしか成しえないことを限られた予算、スタッフ、時間をフル活用して仕上げている(ことが伝わってくる)。
ともかくこの映画、情報量が多すぎる。ポイント(ボケの数)が多すぎる。だから何回見ても、違うところで笑える。その笑えるポイントが全部計算されている。
 
この映画の面白さを、単に「伏線回収」と言ってしまうことに僕は多少違和感があって、伏線回収なら、一度わかってしまうとそう何度も見ようとは思わないと思うのだけれど、この映画がそうではないのは、もっと情に働きかける何かがあるみたい。
 
映画がドラマを見せるものだとしたら、例えばカメラマン(視点)は4人いる。
 
劇中劇→細田さん
劇→谷口さん
映画→本当のカメラ(曽根剛さん?)
リアル→われわれ、メイキングを撮った人
(もっと言うと、最近、「カメ止め」を見てる自分、を見てる自分もいる)
 
ここまでドラマを複雑にされると、人間は鈍感で、もう何が何だかわからない。
アテ書きだということで、キャラクターと俳優さんの境界もわかりづらいし、役名も実名をなぞっている。俳優さんになじみがないことは、この場合、境界を作らないことに功を奏している。
 
先回りすると、公開以降のSNSや舞台挨拶など、スタッフからわれわれへのコミットが半端ない。このことも大きく成功につながっている。 
もう、細田さんと本当の細井さんと、舞台の上の細井さんの違いなんかわからない。だから「カメ止め現象」まで含めて「カメ止め」になってしまいかねない。
 
上田監督は、漫才の映画化に成功できた人なんじゃないだろうか。ネタ(は原案があったかもしれないが)、無数の笑いのテクニック、テンポ、間、アクション、声の大きさに至るまで。
 
ただそれだけじゃない。 
ここからがこの映画の恐ろしいところで、ここまでパンデミックが広がったのは、「絶対にストーリーを話すな」と聞いて、見た人の期待を裏切らなかった。そして、見た人は「絶対に見てね!ストーリーは話せないけど…」とまた煽る。
 
ストーリーもよくわからない。でも実はこの映画は巧妙で、ストーリーなんか事前にぜーんぶ知ってたとしても、面白い。なんでこの映画、もっと楽しめる方法を人に勧めたり、勧められたりしなきゃいけないのか?

 
あとフィクションでありながら、同時にドキュメンタリーを見せられている感覚。
M-1が漫才コンテストでありながらドキュメンタリーで、笑いながらそこに感動するのに近い感覚がこの映画にもあるけど、M-1が漫才の4分間とその前後の境界がはっきりしているのに対し、この映画にはそれがない。
 
ネットには、この映画を「文化祭」と揶揄するような言い方もあるが、内輪受けには終わっていない。単なるメイキングや特典映像ではない。
もし文化祭なら、見てる僕らもパンデミックを作っている、大きな内輪受けなのかもしれない。相互にすごい愛情を感じるのはなぜなんだろう。
 
ほら、こんなに長くなってしまいました。
上田監督の技術と、「よくわからなさ」による感染が、この映画の魅力なんだろうな。
 
感染が終わるのは、境界がはっきりしてしまうことだとしたら、「カメラを止めるな!」を止めるな!
(スキャンダルが出ないように、ヨロシクでーす) (2019.2.9)

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2018年11月 4日 (日)

Carry that “Carry That Weight”

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毎年夏に、アビィ・ロードに関することを書いている。 
 
ほぼ1年に1回の更新ブログだが、今年はいろいろ事情があったので10月末まで書くことはできなかった。 
木曜の夜になって、いきなり「名古屋ドーム、機材席開放!」というツイートが流れてきた。 
 
ふーん、なのだが、心にひっかかりがある。 
 
 
 
というより“Carry That Weight”なのである。 
 
 
初来日の90年。実は世間はストーンズの初来日で盛り上がっていた(笑)。 
かくいう私も、ポールの初来日とストーンズの初来日、天秤にかけていた。 
 
ポールが“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”を演奏していると知ったのはいつごろだっただろう。  
 
当時はネットもなかったが、たぶん、89年のツアーの速報をロッキン・オンなんかで読んで知っていたに違いない。 
でもその時点ではまだ来日も決定していなかったはず。 
 
 
一方、ほぼ解散状態だったストーンズはスティール・ホイールズで目の覚めるようなカムバックを果たして、あっと驚くような全米ツアーを開始していた。 
 
タッグ・オブ・ウォー以降の活動に関心を失っていたポールに対して、ストーンズの再始動、初来日には、自分が生きている“意味”がそこにあった(なんと大層な…)。 
 
東京から2時間ほど離れた地方都市に当時住んでいて、2月に2度ストーンズを見た後、年度末の3月にもう一度上京させてほしい、とは言いだしにくかった。 
 
でも本当はすごく後悔をした。
 
 
 
3年後、初めてポールを福岡で見ることができた。人生でベスト5に入る素晴らしいライブだった。
 
しかし、ラストは“Hey Jude”だった。
 
 
9年後、地元関西でポールを見ることができた。セットリストには“You Never Give Me Your Money”“Carry That Weight”“The End”があった。
しかし、“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”ではなかった。 
 
 
11年後、また地元にポールが来たが、家族を持ってから高額のライブからはかなり遠ざかっており、食指は動かなかった。
エンディングは“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”だった。 
 
 
これではいけない。なんのためにアビィ・ロードを聴き続けているのか?(なんのため?)   
 
反省した私に、すぐに飛び込んだのがその翌年の来日だった。
チケットを押さえた。アリーナだった。  
セット・リストは“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”だったが、これはポールのほうからキャンセルされた。
 
 
 
翌年、そしてその2年後にもポールは来日した。いずれもエンディングは“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”だったが、東京のみだった。この目的のために、一日仕事を空けて上京はできないか。
 
 
今回、やはりセットリストは“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”だった。 
 
 
 
振り返れば、ポールの単独公演で、“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”を“やらなかった”ツアーだけを私は見ていることになる(これはこれで貴重かも…)。
 
が、今回も関西での公演はなかった。 
これでこれまで通り諦めもつくし、チケットも名古屋からすぐ売り切れていった。
 
で、冒頭の情報だ。
 
 
今度こそ、ポールの“Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End”を体験できる最後のチャンスになると思う(そう思いながら3、4回来日してるが)。
 
 
名古屋なら、4時頃会社を抜ければ間に合うし、その日のうちに帰ってくることもできる。…なんてね。
 
 
 
各ツアーでのプレイの状況は映像や音源で確認している。私に不足しているのは“体験”だけである。きっと2002年のライブの時のように、さほどの感慨も得られず、90年のポールと違って音程がふらつく“Golden Slumbers”を豆粒ほどのポールしか見えない、周囲が大合唱している空間で聴いても、私が得ようとしている体験は得られないはず…
 
 
 
…それでもいいのだ。あと7時間、チケットはあるだろう。 
どうしよう。 
 
木曜日から何度もぴあを覗き、クレジットカード情報を入力するところで逡巡している私…。 
 
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2018年6月 1日 (金)

祝50周年!“The Whitest Album”

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サージェント・ペパースに続いて、今年はホワイト・アルバム50周年エディションが出そうな勢い(にもかかわらず、先にイエロー・サブマリン公開50周年で動きがあるのが気になるけど…アップル商法は読めない…)。 
 
このアルバムについて前から気になっていたのが、ジョージ・マーティン曰く、「曲数を減らしてスーパーアルバムを作るべきだ」「14~16曲に絞って集中しよう」というアドバイスだ。
 
当時のビートルズが聞く耳をもたなかったのは、誰も自分の作品を犠牲にしようとはしなかったからだ、とはよく言われることだけれど、それだけではなくて、アップルでのビートルズ第一作、というのもあったんじゃないだろうか。
 
アップルは絶対成功させなければいけなかったし、するはずだったし、しかも自分たちの作品で、「自由になるための」レーベルを立ち上げたのだから、今までどおりの作品を呈示するつもりはなかったはなかったんじゃなかろうか。
 
でも、もし仮に1枚にまとめるとして、ちょっとやってみたらめちゃめちゃ簡単だった(私見ですが)。
 
まず、
 
①ジョンとポールの曲数にバランスを取り、ジョージとリンゴを最低1曲ずつ入れる。
 
②ソロ・レコーディング、それに近いものは外し、グループ作品を優先する。
 
③「レコーディング・セッション」の記述で、グループが力を入れてレコーディングを行ったものを優先する。
 
そうすると、以下のとおり。
 
A面は、
 
Back In The U.S.S.R.
Ob-La-Di, Ob-La-Da
While My Guitar Gently Weeps
Happiness Is A Warm Gun
I'm So Tired
Blackbird
Rocky Raccoon
 

B面は、
 
Birthday
Yer Blues
Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey
Sexy Sadie
Helter Skelter
Cry, Baby, Cry
Good Night
 
簡単。あまりにすっきりし過ぎて、これ、本当はアタリじゃないか?と思ったぐらい。
 
トータル・タイム44分22秒。当時のビートルズって、だいたい1枚30分台なんですね。
 
Abbey Roadだけ47分もあるけど、I Want You もちっと削って、Her Majesty も削って、メドレーも、もうちっと整理したら収まる(何のために)。
 
ポール6曲、ジョン6曲、ジョージ、リンゴ1曲ずつの14曲。
 
曲順は、いろいろやってみたけど(できるだけジョン、ポールで続かない、とか)、もう耳なじみなのかもしれないがオリジナル通りが一番しっくりくる。僕も年取って、根気がなくなったのかも(笑)。
 
悩ましいのは②の条件で、Blackbirdは入れてしまったが、ストリングスまで入れたMartha My Dear とか、Honey Pieとか、Mother Nature's Sonとか、ポールの楽曲群はすごくて、ちょっと取り付く島もないという感じだった。
 
Rocky Raccoon は残ったけど、このあたり異論のあるところかも。
 
上記をオリジナルに、本当のオリジナルをディレクターズ・カットとして30曲を聴いてみると、発見することもある。
 
でも、やっぱり彼らには30曲2枚組で、豪華付録を付け、真っ白なジャケットでエンボス加工をし、ナンバリングを入れなくちゃだめだったんだ。

 
…何せタイトルは “ The Beatles ” だからね。
 

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2018年5月 6日 (日)

「LEDED」(後編)

(前編から)
 
 
①THE TRAIN KEPT A ROLLIN’ (69/7/6,NEWPORT)
②I CAN’T QUIT YOU (69/7/6,NEWPORT)
③HOW MANY MORE TIMES (69/5/19,BOSTON TEA PARTY)
④COMMUNICATION BREAKEDOWN (70/1/9,RAH)
⑤WE’RE GONNA GROOVE (70/2/25,HELSINKI)
⑥BRING IT ON HOME (70/9/4,LA FORUM)
⑦CELEBRATION DAY (71/9/9,HAMPTON)
⑧OVER THE HILLS AND FAR AWAY (72/10/9,OSAKA)
⑨SINCE I’VE BEEN LOVING YOU (72/10/9,OSAKA)
 
⑩THE SONG REMAINS THE SAME (73/3/24,OFFENBURG)
⑪ROCK AND ROLL(FRAGMENT) (75/2/12,MSG)
⑫HEARTBREAKER (73/3/24,OFFENBURG)
⑬NO QUARTER (77/4/28,CLEVELAND)
⑭ACHILLES LAST STAND (77/6/21,LA FORUM)
⑮STAIRWAY TO HEAVEN (75/5/18,EARL’S COURT)
⑯HEARTBREAKER-WHOLE LOTTA LOVE (73/7/28,MSG)
⑰-WHOLE LOTTA LOVE (73/3/21,HAMBURG)
⑱-WHOLE LOTTA LOVE (73/7/28,MSG)
⑲THE SONG REMAINS THE SAME (77/6/21,LA FORUM)
⑳HEARTBREAKER (80/6/21,ROTTERDAM)
 
 
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⑪2回目の来日公演に手を出した’59少年は友人からデストロイヤーと
ネブワースを借り、80年のヨーロッパに手を出し、さて、次は…と思案した結果、手を出して来なかった75年に手を出したのだった(ダラス)。
で、MSGが聴いてみたくなったのだけれど、これはもうベストテイクとは言えないかもしれない。

なぜなら“驚異の音源”フライング・サーカスがリリースされても、依然として私はこの音源が好きなのだ。MSG独特のハコの音、ボンゾのドンシャリした音、ジミーのラウドなギター。

ああ、ZEPのライブが始まったな、という感じがする。なぜかこっちの音源(ジャンプレッグ)のほうがワクワクする。オーディエンスのほうがアラが目立たないのかも?
ご友人に配布したテープはここでA面が終了。

⑫またまたハートブレーカー。これは要らなかったかも。
何かオッフェンブルグを1曲にするのも気が引けたのか。今ならこの曲の代わりに75年のダラスかヴァンクーヴァーから1曲持ってきているかも。

しかし絶好調であることは変わらず、ロバートも歌えているし、ソロはバッハもフィーリン・グルーヴィーもやってる。

⑬デストロイヤーの前の日。
75、77年は(79も?)3時間コンサートだが、この辺、やっぱり時代を見誤ったかもしれない。それに相当消耗している様子も伺える。

そんな中、アコースティックで遊んだりとか、この曲で遊んだりとか、モビー・ディックで引っ込んだりするのに加えて休憩タイムも設けてる。

この曲ではナットローッカーをやってて、ジミーも乗っかってきたりしている。休憩半分、お客を煽っているのかもしれない。ジョンジーの才能がよくわかるバージョンでいいテイク。

⑭これは悩んだ。いろいろ探した。結論はベストはなかった。あまりうまくいっている日はないのだ(笑)。

結局エディの日になったが、今は満足している。この日特有の緊張感が伝わってくる。

⑮これは最初から決まっていた。アールズコートの2日目。この日も私にしては珍しく、イミグラントを買ったあと、タランチュラも買っている。

何をもってベストテイクとするのかは難しい作業だが、このテイクの訴求力は著しい。ソロにおける3人は熱演だ。ジミーもソロに迷っていない。
この日だけではないが、ソロの最中にロバートも入ってくる。“Join, Join !”と叫んでいる。

⑯さあ、ここからアンコール。アンコールと言えば2回目のハートブレーカー。73年USAツアーはボンゾ導入のハートブレーカー。

「オフィシャル化された」などと言ったが、正確にはオフィシャル化されたのは初日で、私がセレクトしたのは2日目。イントロのボンゾは毎日違う。この日はハイハットから始まる。ゾクゾクする。

この曲、結構その日のジミーの調子に左右される。それが先に書いたようにアンコール曲となる時とそうでない時の違いなのかもしれない。
そうでない時は、勢いだけで弾いている(というか、弾けていない)。
MSG3日間は、どの日も丁寧だ。強弱がついている。リズム隊も好調。私にはわからなかったが、このソロの途中で弦が切れているという説もある。

そのまま、流れで「胸いっぱいの愛を」。

この曲。ボンゾも然ることながら、ジョンジーのベースにぶっ飛ぶ。最終日はぶっ飛び過ぎ(80ベルリンもね)。
 
最終日もものすごく良くて悩むところだけれど、結局映画もサントラも初日を選んだ理由がなんとなくわかる。それでも私は、この曲は2日目を選んだ。

ところがそれに飽き足らず、途中にハンブルグのジェームズ・ブラウン・タイムを織り込んでみた(⑰)。
 
最初にこの部分だけ聞いたときは驚いた。この人たち、いったい何やってんだろう、って(笑)。でもこういう音源に接すると、たまらない。
73年のヨーロッパだからこそ、残せた音源だと思う。

もともとfragmentなので、⑯に戻る(⑱)。

⑲言わずとしれたエディ。

⑳で最後はやっぱりハートブレイカー。
ラスト・ツアーからチューリッヒ。これも2つ音源に手を出したが、名演は音源が違っても熱が伝わってくるようだ(①と⑪は惜しいけど…)。

熱は伝わるが、4人とももう、⑫や⑯のような7年前の鬼気迫る感はない。
でも紛れもなくツェッペリンだ。思ったとおりの運指ができなくても、目指すところは伝わってくる。お互い刺激しあっている。これはもう、聴く方の頭の中で再構成してやるしかない。それはまた、ボンゾが生きていたら、というのを想像してみることと、変わりない作業かもしれない。
この日は、この曲も含めての好演で、昔から大好きな一枚。
 
※ ※ ※ ※ ※

さて、いかがでしたか。

冒頭で「今聞いてもこのリストアップが変更になる可能性はあまり考えられない」と書いたけれど、どうですか。

この20年間に新たに出回った音源で、あれを入れるべき!とかあったら教えてください。
 
それにしても、ボンゾには驚きしかない。当時、200前後の音源を聴き返したとき、モビー・ディックで決して飽きることはない。929がリストにないが、入れるとすればこの日のモビー・ディックを入れたい。ルイス・レイの著作にも“most imaginative drum solo ever recorded”と書かれているが、“imaginative”かどうかは別として、“unique”であることは間違いないと思う。トイレ行ってスッキリしたあとだし。
 
(逆にレイン・ソングだけは、なぜか苦痛だった。ボンゾの出る幕もほとんどないけど…。)

今更ながら、ツェッペリン・サウンドというのはボンゾが主導していて、死去による解散というのは致しかたなかったと思う。


選曲はハートブレイカーが3曲も入っているのにイミグラント・ソングが入っていないとか、死にかけてが入っていないとか、いろいろある(まあ、死にかけてはスタジオ・テイクが一番いい)。
 
巷では、929の超絶サウンドボードが1曲1曲出し惜しみされ、高価で販売されている。まったく食指が動かないが、ジミー・ペイジはデビュー50周年でいろいろ世に出す、と言っている。ぜひぜひ、部屋の一角を占めているブート群が無効化するようなリリースを期待したい。

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「LEDED」(前編)

「ブートの話題はしたくない」などと言いながら、これだけYou Tubeにもアップされる時代になったし禁を解いたので、ツェッペリンについて書いてみます。

Snowblind

「UNLEDED」はジミー・ペイジとロバート・プラントが1994年に発表したアルバムだが、このタイトルはダブルミーニングになっている。

時はアンプラグド・ブームで猫も杓子もMTVアンプラグドに出演し、大御所はボブ・ディランやストーンズまでもアンプラグドCDを発表し、ついにツェッペリンまでもがこれに乗っかったのだけれど、アルバム・タイトルは「アンプラグド」、ではなくて、「アンレッデド」としたわけである。
 
「2人でやるけど、決してツェッペリンじゃないよ」という意味と、英語圏のガソリン・スタンドで見かける「アンレッデド(無鉛)」というすでにある名称がひっかけてあり、あの2人にしてはなかなかやるな、と思った。無鉛なら環境にやさしいアンプラグドな感じもある。
 
せっかくカヴァーデイルとのコラボ企画をスタートさせたものの、一方でこのツェッペリン・アンプラグド企画が持ち上がっており、日本公演は完売して追加も出たけど、西海岸は売れ行き悪いって言ってたし、ロバートはロバートで、うーん、どうすっかなあ、今さら高い声も出ないしなあ、アコースティックな曲と、今後のキャリアに繋がるような制作だったらやるよ、というところだったのだろうか。

過去2回の再結成も酷評されたし、ここは2人だけでやれば身軽だし、失敗してもツェッペリンの評価が下ることもなかろうということだったのかな、と今も思っている。

閑話休題、同時期、ロン・ウッドがロッド・スチュアートのアンプラグド・アルバムに引っ掛けて、「プラグド(・アンド・スタンディング)」という何のひねりもないアルバムを発表して彼らしいなあ、と思ったのだが、当時、私は個人的に身辺整理をしており、過去数年間のツェッペリンのブート収集を総括したいなあと思っていた。題して「LEDED」。

そもそも収集のキッカケも、デイヴ・ルイス著「永遠の詩」第4章に書かれていた「架空のライブ・アルバム」を追体験したいなあ、とぼんやり思ったことであった。

以下、曲目。

①THE TRAIN KEPT A ROLLIN’ (69/7/6,NEWPORT)
②I CAN’T QUIT YOU (69/7/6,NEWPORT)
③HOW MANY MORE TIMES (69/5/19,BOSTON TEA PARTY)
④COMMUNICATION BREAKEDOWN (70/1/9,RAH)
⑤WE’RE GONNA GROOVE (70/2/25,HELSINKI)
⑥BRING IT ON HOME (70/9/4,LA FORUM)
⑦CELEBRATION DAY (71/9/9,HAMPTON)
⑧OVER THE HILLS AND FAR AWAY (72/10/9,OSAKA)
⑨SINCE I’VE BEEN LOVING YOU (72/10/9,OSAKA)
⑩THE SONG REMAINS THE SAME (73/3/24,OFFENBURG)
⑪ROCK AND ROLL(FRAGMENT) (75/2/12,MSG)
⑫HEARTBREAKER (73/3/24,OFFENBURG)
⑬NO QUARTER (77/4/28,CLEVELAND)
⑭ACHILLES LAST STAND (77/6/21,LA FORUM)
⑮STAIRWAY TO HEAVEN (75/5/18,EARL’S COURT)
⑯HEARTBREAKER-WHOLE LOTTA LOVE (73/7/28,MSG)
⑰-WHOLE LOTTA LOVE (73/3/21,HAMBURG)
⑱-WHOLE LOTTA LOVE (73/7/28,MSG)
⑲THE SONG REMAINS THE SAME (77/6/21,LA FORUM)
⑳HEARTBREAKER (80/6/21,ROTTERDAM)
たぶん、96年頃にリストアップした。

あれから20年以上経過し、その間新たな音源発掘もあったが、今聞いてもこのリストアップが変更になる可能性はあまり考えられない。
よく出来ているなあと自画自賛する。

まあ、個人の趣味なんでね。どうしてもギターを聞いてしまい、プラントの歌がどう聞こえるか、なんていうのはほとんど加味されていない。
残る3人のグルーヴ感が決め手で選んだのだけれど、ブートのローファイな感じが加点したものもある。

ハートブレーカー3曲はやり過ぎだろう。でも75年以降のグッド・ギグでは必ずアンコールにこの曲をやっている。


全20曲のうち、このあとオフィシャル化されたものもある。ロイヤル・アルバート・ホールのコミュニケーション・ブレイクダウンと、MSGのハートブレーカーである(エディの永遠の詩も、オフィシャル化されたことになるのか?)。

①この曲のベストはフィルモア・ウェストだとされていたが、いまひとつピンと来なかった。それまで80年バージョンしか聴いたことがなかったのもあったと思う。しかしこのニュー・ジャズ・フェスティバルの音源は、イントロのマイクトラブルの音から、ドッタンバッタンした叩き出しから、聞こえにくいロバートのフェイク・ヴォーカルから、今もってワクワクがとまらない。エディのこの曲盤である。
 
なんとなく、アマバンっぽい感じもたぶん、私をくすぐるのだろう。
音源は2種類出ているようで両方所有しているが、タランチュラよりブラックスワン盤が断然いい。

②で、引き続き。これは切れない。
 
③このボストン・ティー・パーティーは定番で、どの演奏もこなれているが、特にこの曲はカッチリやっている。ジミーもミスがなく、縦横無尽に指が届いている。69年の演奏のいいとこどり、っていう感じ。メンバー紹介もいい。

④解説不要。①の日のバージョンでも良かったが、ブラックスワンはフェイドアウトだったので泣く泣くこの日。

⑤ここで仕切りなおし。この曲をオープニングに使った短い期間のうち、音は悪く、ロバートの歌なんかほとんど聞こえないが、RAHと異なる魅力がこの演奏にはある。
 
当時数名の友人にこのリストをダビングして配ったが、おそらくこのバージョンは不評だったと思う。でも好き。

⑥言わずとしれたブルーベリー・ヒル。ブートとしては昔から入手しやすかったが、同じく入手しやすかったBBCと比べると、圧倒的にこっちのほうがスリリングだった。
 
音源が違うからといって、同じ日には手を出さない私としては珍しく、①に加えてこれは複数所有している。
どの曲を選ぶかなかなか難しいが、この日の好調さがはっきり出ているこの曲のメリハリはなかなかいい。

⑦なぜか71年の来日からは1曲も選んでいない。伝説の929もいいのだけれど、71年の9月の演奏はどの公演もなぜか、ボンゾのスネアがリムショットみたいな音に聞こえる。スネアだけじゃなくて、全体的に前に出ている感じもする。いや、いいんだけど。演奏もタイトだし。
 
で、ハンプトンからこの曲。929のバージョンと甲乙つけ難かったけど、荒っぽいながら4人ともノッているのが伝わってくるハンプトンをピックアップ。

⑧ツェッペリンのブートを初めて聴いたのは高1で、一個上の滝田先輩に借りた1枚ものの「A Cellarful Of Noise」だったと思う。
ピッチの低い929で、いきなり1曲目がタンジェリンという、どこが名演なのかと思うようなレコードだった。
 
その後、2回目の来日公演が聞いてみたくなり、「My Brain Hurts」を買ってみた。
ピッチも合っている。なんか急に映画みたいな演奏になっている。このアルバムの1曲目がこの曲だけど、LAよりも抑え目にはじまるものの、ジミーのギターの破壊力抜群。フェスティバルホールのエコーも効いていて、ソロ最後の展開ではミュートしたりしている。休み明け絶好調な感じが出ている。
 
この曲はあんまり言及されることはないが、発表前からネブワースまで演奏されており、非常にZEPらしさが出てて、ライブでやればやるほど完成していった曲だと思う。75年のダラスのバージョンもいい。

⑨もこのライブ。映画でビックリしたが、私はあまり好きではない(ロバートの好きな)「ミスティ・マウンテン・ホップ」から突然この曲になだれ込む展開はこの来日から。
 
どうも初期に聞いた音源には思い入れが強すぎるようだ。これもフェスのエコーが効いている。ジミー絶好調。弾き過ぎぐらい。

⑩73オッフェンブルグ。73年のヨーロッパはどれもテンションが高いが、どれか一つ、と言われたら全編オーディエンスでもオッフェンブルグを上げる。たぶん、トータルでも1位か2位にはなる。
エディ並みのドラムだが、エディと違うのはジミーも絶好調だということ。

以下、長くなったので後編に続く。

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2017年10月28日 (土)

オリジン

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夏に点いてしまった音源熱が止まらなくなってしまった。なんとかUKオリジナル(アビィ・ロードがリリースされた69年の英国初回盤)を所有したい、という物欲に駆られてしまった。

音なんか聴ければそれでいい。バカ高いミントなんかはいらない。50年近く前のブツなので、音が悪いのは仕方ないが、針飛びだけは困る。1stプレスを聴きたいので、スタンパーはYEX749-2/1で。

ジャケットは2の次で、ダーク、レフトのアップルに拘らないし、もちろんHer Majestyの表記の有無にも拘らないが、コーティング・ジャケットは所有したい。

2か月、Discogやらレコード店やら、フェアやらヤフオクやらいろいろ探し回って、やっと良心的なのを見つけた。価格も昔ブートを買い漁っていたころを思えば、高くない。

実は、それにもかかわらず、ずいぶん逡巡した。ブツを見つけてから3週間かかった。僕は、コレクターではない。こういう、価格にプレミアムが乗る商品には基本的に手を出さない。
音は24ビットがいいに決まっている。どのみちウチのアナログ・システムなんかに再生能力はない。でも買おう(爆)。

郵便を開封する。どきどきする。ああ、ここまで43年かかったよ。ずっと聴いてきてよかった。やっとレコーディングほやほやの盤の音が聴けるよ。

出てきたジャケットは僕が知っている国内盤よりも、ずっと赤味があり、空と裏ジャケのワンピースは青い(国内盤は白っぽい)。ビニル・コーティングは光沢があっていい。

驚いたのは、ジャケットと、インナーと、盤(ポリ入り)を別々にして封入してあったこと。業者さんは別々に保管していて、店頭でお客さんが試聴できるようにしていたのだろうか。それとも、何かの事故防止だろうか。

ジャケットを少し広げて、中を嗅いでみる。うん、輸入盤の匂い。
さて、盤を見ると、おお!ダークだ。趣あるなあ。リンゴが小さく、文字が細い。盤の状態はそれなり。

A面に針を落とす。すぐにCome Togetherが始まる。うわっ、何だこれ?
このあいだ、さんざんいろんな音源利聴いたのに、この感覚はなに?
非常に直感的な言い方をすれば、「懐かしい」。

きっとそれは、UKオリジナルだからとか言う前に、プチプチいいながらCome Togetherを聴くこと自体、38年ぶりだからだろう(笑)。でも迫力はある。なかなかに興奮する。
ちなみにB面もそうだったけど、ガイドの溝がほとんどなくて、針を下ろすと、上記のとおりすぐに曲が始まります。

しかし、あとでもう一度79年盤(EAS)を聴きくらべると、これもいいのだ。前回79年盤に感動した話を報告したが、つまり、オリジナルでもアナログのよさをまたまた感じることになったのだ。ヘッドホンでもう一度聞き比べしようっと。

セパレートはもちろんCDや79年盤には及ばないが、これは盤の状態にもよるのだろう。基本はクリアかつラウド。まあプラシーボ効果もあるのだろう。オリジンを聴いている、という自分に酔ってしまう。笑ってください。安い買い物だった。

今日から、僕にとってこのレコードがオリジンになる。何を聴くにも、これがオリジンになる、そう思いました。

最後に余談を一つ。なぜかAB面とも内周に近づくほど、音が歪んでしまう。劣化する。
「それはあなた、当たり前でしょう。レコードは内周差と外周差があって、カッティングが…」という話はわかっています。でもチリつきが多いのはなぜ?

それは、今から48年前の持ち主が、A面の斬新なエンディングと、B面のシークレットトラックに驚いて、何度も何度も針を落としたから、というファンタジーにしてしまいましょう(笑)。


2回、3回と聴くうちに、プチプチとかノイズがまったく気にならなくなった。いい盤にめぐり合えた。この盤を所有してこられた方、本当にありがとう。2017102816440000

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2017年9月 2日 (土)

2017年、夏休み自由研究。

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今年の夏は、よくアビィ・ロードを聴いた。

先に書いた音源に触発された。

追記になるがあの音源を調べるうちに、それらは大体、今から8年前にビートルズのゲームが出た際に、ジャイルズ・マーティンがいろいろ掘り出してくれたものから寄せ集められたものだった。
そんな音源を辿ってブートを探っていると、私が高校時代に欲しかったプロユース盤、それから大学に入って少し興味が薄れた頃に出回っていたモービル・フィディリティ盤、日本の初回回収盤の音源を入手することができた。
ついで、といってはなんだけれど、手元にある音源を片っ端から横並べにして聴いてみた。

①プロ・ユース盤

②79年ごろのアナログ日本盤

③モービル・フィディリティ盤

④83年盤(いわゆる「回収盤」)

⑤87年盤

⑥09年盤

⑦自称“モノラル”盤

⑧Rock Band盤

⑨24bit USB

これらはいずれもデジタル化されたものをいったん私のPCに落とし、それからちゃちMP3プレーヤーに落とし、ちゃちイヤホンで聞いたものですので、最初にお断りしておきます。

本当は①の前に74年頃に買ったアナログ日本盤を入れたかったが、押し入れからは出てこなかった。ホワイトアルバムとともに、どこに行ってしまったんだろう。中坊時代、片方のステレオずつ聴いて“I Want You”や“Polythene Pam”でポールの小さなフェイクボーカルが聴こえたときは喜々としたものだった。
内容的にはおそらく、②とほぼ変わらないものと思う。当時両方とも所有していたが、同じプレーヤーで聴いていて違和感はなかったから…。

(調べたところ、私が当時買ったのは73年盤で、「A面の野性味、B面の叙情性 何人も否定し得ぬビートルズ・ミュージックの錬金術―」というキャッチ・コピーのついたひょうたん帯でした。
それに対して①は、ひょうたん帯のあと76年に有名な国旗盤が出て、それからプロ・ユースとピクチャー盤を挟んで①の79年ボックス・セットがプレスされているようだ)

長くなるが一つずつ説明する。

① プロ・ユース盤

それにしても、プロ・ユース盤は凄かった。発売当時、私は高2だったが、少し高かったので買うのを躊躇した。当時の私はこの音の違いに感動しただろうか?
 ネットでこの盤の感想を追うと、区々であるけれど、私の耳にはリマスター盤ほどではないが音圧が高く、高音、中低音とも出ていて、特にA面の曲でリンゴのスネアが跳ねているのがわかるし、ピアノでコードを連打すると耳が痛いぐらい。
UKオリジナルに近いのは、この盤のように思う(私が聴いたことのあるオリジナルの印象ですが)。24bitよりも臨場感を感じることができた。

②79年ごろのアナログ日本盤

 私がアビィ・ロードを買ったのは74年の秋だった。その盤を擦り切れるほど聴いた後、80~81年頃にLPのボックスセットを買ったのだけど、その中の一枚。時代はすぐにCDになったのと、大学時代プレーヤーを持っていなかったので、この盤はほぼミント状態。

 はっきり言って、これはこんなにいい音がするなんて思ってなかった。あるいは、こんなにいい音で中学、高校、大学とアビィ・ロードを聴いていたなんて!と感動した(正確にはテープに落としたものを)。

 まず、分離がいい。これは後述するが、たぶん…デジタルマスタリングせずデジタル化すると、ある音の左右バランスなど、微妙な音がカットされて情報量が少なくなるのかもしれない。“Come Together”のマラカス音も非常によく聴こえるし、他の曲でもストリングスがよく聴こえる。デジタルに比べて音圧がやや低い(でも④⑤よりも高い)分を持ち上げてやると、高音も低音もそこそこ出ている。

ただし、分離がいい分、イヤホンで聞くと、若干ドタバタする。45度角の音の定位なんてない。90度、90度(笑)。ま、それはちょっと極端な言い方だけれど…。

後で⑦のところでも触れるが、聴き比べて感じたのは、ビートルズはステレオ・ミックスしか作らなかったこのアルバムでさえ、モノで聴いた時の音像をイメージしていたのではないか、ということだ。

③モービル・フィディリティ盤

ネット情報では、カッティングのみならず、独自のイコライジングが施されていることも公表されているらしい。
高音域がかなりカットされているようで、ボーカルがやや引っ込んで聞こえたり、シンバルのチンチンいう音は聞こえない。かなり中低音に触れた音、もう少しくぐもった音。

不思議なもので、このイコライジング、ある意味耳障りな高音が聞こえなくなり中低音のリズムが強調されると、ノる。コーラスが「聞こえないから」すごく綺麗に「聴こえる」。普段高音にかき消されているジョージのフィルインや、ムーグの音がよく聞こえたりする。これはこれでアリだと思う。なんか、アビィ・ロードの新しい聴き方を呈示されたような気になった。

④83年盤(いわゆる「回収盤」)

②の79年頃のアナログと聴き比べると、一気にデジタルの音になる。中低音の出が違うのと、②とはバランスが異なっているが、これはマスタリングを触ったのではなく、「触らなかった」からこんな音になったのでは?

⑤87年盤

はっきり言って、今回この音が一番ショボかった。デジタルの音だが、痩せて聴こえる。高音も低音も出ていない。ベースも、エレキの低音とやや被っている。この音を長らくデフォで聴いていたとは…。

仮説その2。ジョージ・マーティンはCD化に際し、④の音になるのを回避したのでは?
ヘルプ!とラバー・ソウルはミックスをやり直しているし、このアルバムに関しては“I Want You (She's so heavy)”のホワイト・ノイズが、CDのダイナミック・レンジでは聴くに堪えない音になるのではないか、とエンジニアが懸念した話が「レコーディング・セッション」にも記載されていた。…②④に比べ、少し落ちているかな?

仮説その3。当時(69年)は、結構適当なステレオ・ミックスだったのかもしれない。要は「モノラルで(ラジオから)出てきた時に、どんな音になるのか」ということに心血が注がれたのではないか?

⑥09年盤

書くまでもないが、音圧が違う。詳細は⑨で。

⑦自称“モノラル”盤

もうひとつ、捨て置けないのが出所不明なモノラル音源である。これがいい!
単にステレオミックスをトラックダウンしたものだろうが、定位の動きに耳を奪われることもない。もっと音が飛んでしまうかと思っていたが、“Come Together”のマラカスも聴こえる(拘る!)。

なぜかわからないが、ビートルズはモノ、と云われる所以を感じてしまうのだけれど、仮説その3を確信。蛇足だが、プレイリストにモノ・ボックスを入れているのだけど、そこに入れてシャッフルしても何の遜色もない。

⑧Rock Band盤

09年、ジャイルズ・マーティンが「ケーキをもらったとき、すべての食材を分けて、あなたが知らないうちにそれを元に戻しておく」作業で作ったゲーム用のリミックス。

ゲームはプレイヤーがギタリストかドラマーかベーシストにならなければいけないが、当時のビートルズは少ないトラック数でレコーディングしていたため、それぞれの演奏はマスターでも分離していないものが多く、あらためてマスターからトラックを分離させてマルチトラックを作り、それを再度ミックスするという作業を行ったもの。

ゲームの45曲(47曲?)に加え、ラバー・ソウルとペパー、アビィ・ロードの3枚はアルバム単位で作業されている。ゲームなので、それぞれの曲にカウントインが入っていたり、チャットが入っていたりする(“Her Majesty”にジョンの大声のカウントが入っているなど、意味不明なのも多し)。

リミックスはできるだけ元のミックスを崩さないように行われたらしいが、私が気づいたの“I Want You (She's So Heavy)”のビリー・プレストンのオルガンが中央に定位しているな、とか、Her Majestyが右から左に回らないな(たぶんボーカルを分離するためと思われる。“Sun King”のイントロなんかは回っている)、ということぐらいだった。ところどころフェイクボーカルも残っている。

⑨24bit USB

モービルもプロ・ユースもそれぞれ個性的だが、感心するのは24bitのUSBだ。一言で言えば、「音の情報量が多い」。

例えば「赤い屋根」と言うとき、アナログは赤一色だけれど、デジタルは何種類かの赤系統の色で屋根が塗られているのが私でもわかる。時に光沢の有無さえ感じられる。地上波と、ハイビジョンの違いと同じ。

特に楽器、ベースの音が顕著で、モービルもプロ・ユースも正規盤よりも低音は出ているものの、音色は赤を強くしたり、弱くしたりといった変化しかない。これでは、リンゴがシンバルのどのあたりを叩いているのかもわかる。

さて総評。デジタルがすべからくいい、というわけではない。

4Kが8Kになって、近眼で老眼の私に情報量は多すぎないか。
モービルやプロユースのようにカッティングから見直し、それぞれの制約の下で特性が決定される。デジタルのような解像度を競うのではなく、それぞれのアビィ・ロードの解釈が提示されている。

デジタルは贅沢である。贅沢したい場合はできるだけ24bitを聴く。しかし、当時のEMIがベストとしたUKオリジナルに近づこうとしたのはプロ・ユースだろう。でもビートルズはこのアルバムまでステレオ・ミックスの制作の原則は「モノ・ミックスを基準にする」としていたならば、目指したのはモノかもしれない。待て、モービル盤の暖かさも捨てがたい。

そんなことを考えながらアルバムを聴くと、なんかいい食材をいろんな料理法で味わうような贅の極みである。
実は、上の9種類以外にも音源をいくつか聴いた。マルチ・トラック・セパレーテッドも聴きなおしたし、16bitも聴いたし、Rock Bandのカラオケバージョンも聴いてみた。飽きない。

そうなんだ。このアルバムは、素材に本当に素晴らしい仕事がしてある。音質、音圧、音像、そんなことを脇に置いて、43年間聴いてきた名作である。

そのことがあらためて感じられた2017年の夏だった。

 

(追記)デアゴ盤は未聴です。

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2017年7月 8日 (土)

アビィ・ロードの夏再び

アビィ・ロード・セッションの時期になったので、久しぶりに何かアビィ・ロードに関する記事書くという、恒例企画(?)をしてみる。

You Tubeで今年2月頃にアッブされた音源で、ブートでは遅くとも2、3年前には出ていたようだけれど、正直77年にリリースされたWatching Rainbows、94年にリリースされたアンソロジー3に匹敵する出来だった。
この音源はフラグメントが多く、テープの前後に付いていた音源のみである。どうやら、09年に出たROCK BAND音源(演奏シミュレーションゲームで、その制作のためにリミックスを行ったほか、曲の前後に会話やカウント、エンディングなどを付加したもの)及びその流出なのかもしれない。アビィ・ロードだけではなく、他のアルバムも大量に出ているようだけれど、すごく貴重だった。

以下、曲ごとにコメントします。


The Ballad Of John And Yoko(4/14)
のっけから凄い音源で、おそらくこの曲のデモやアウトテイクが出たのは初めてではないか?しかも短いながらジョンのヴォーカルはいきいきとしており、このままリリースしてもいいのでは?と思う出来。遠くに聞こえるドラムはポールなのかもしれないが、本当にジョンはギター一本のテイク1ですでに完成している。個人的にはオフィシャルテイクのアレンジはあまり好きではない(なんか中途半端感がする)ので、スワンプっぽいのを目指したのかもしれないけど、B面のOld Brown Shoeの素晴らしいアレンジには負けていると思う。ぜひフル・バージョンで聴きたい。

Oh! Darling(4/20)
4月のホット・アズ・サン・セッションより。この曲ではリンゴがフィル・インを試行錯誤しているのがよくわかる。ジョンも元気。

Octopus's Garden(4/26)
これもホット・アズ・サン・セッションより。アンソロジーでははっきりとわかったが、ジョージのギター主導の曲。69~70年の彼のギターは、ひょっとしたら彼のキャリアのピークに違いない。

You Never Give Me Your Money(5/6)
かねがね疑問だった「ギターソロは誰が弾いているか問題」は、この音を聴くと解決。ピアノの音と同時に聞こえることと、この独創性は…やはりジョンで決まりか。

Her Majesty(7/1)
言われないとわからない。ポールがちょっとギターを弾いただけ。

Golden Slumbers(7/2)
今度はベースとピアノが同時に聞こえる。ということはベースはジョージ。

Here Comes The Sun (7/7)
ギターとドラムスとベースが聞こえる。おそらくジョンが交通事故から復帰する前のセッション。なんだ、ポールとも和気あいあいじゃないか。

Maxwell's Silver Hammer(7/9)
ジョンをして「どのレコードよりも時間とお金を使った」と言わしめた、悪名高き(?)セッション。Ob-La-Di,Ob-La-Daもそうだけど、ポールには発想をなかなか形にできない曲がままある。ムーグと他のメンバーに助けられて何とか形にはなっているが、他の楽曲群の出来からは少し劣ると言わざるを得ない。

Something(5/2)
この曲のレコーディングにはジョンは参加していないと言っていたが、冒頭にジョンらしき声が?
マル・エバンスに何か指示を出している。

Come Together(7/21)
これは既出音源だが少し長く、歌詞に言及したり、有名な「中年野郎」発言がある。

Sun King(7/24)
ジョンが全然違う歌を歌い出す。Her Majestyと同じく、言われないとわからない。アンソロジー3のAin't She Sweetのほうがより同じセッションのような気がする。 それにしてもあれは期待外れだったなあ…。フリートウッド・マックのアルバトロスの完パクだと思うが、この前の曲はチャック・ベリーの完パクだし、病み明けのジョンはやっている。

Polythene Pam/She Came In Through The Bathroom Window(7/25)

いきなりカウベルが聞こえるが、これはメドレーのブリッジ部分のリハーサル。このジョンとポールのやりとり、そこに入ってくるジョージとリンゴ。この音源の最大の収穫は、この2分間だ。リンゴがアンソロジーで、アビィ・ロードについて「音楽に集中してる時の僕らは違う。演奏を聴くとノっているのがわかる」と言っていたが、まさにその息づかいを感じる。
ちなみに“Hello?”のノリは、Sgt. Pepper Outtakes Medley のLucyのところでも聞ける。

このメドレーの後、残すレコーディングは1曲(Because)で、ジョージ・マーティンの言う通りに仕上げたのだろう。水曜日(7/23)のThe End セッションがとてもよく、その勢いで翌木曜日(7/24)にSun king/Mean Mr Mustard セッション、そして週末金曜日(7/25)のこのメドレーセッションに挑んでいたのだろう。このメドレーこそがビートルズが4人揃って演奏した最後のセッションに違いないと思う。充実した3日間だ。


こうやって書いてはじめて気づいたが、この音源、Somethingを除き、レコーディング順に並べられている。これは確信犯で、ちょっと擽られる。だから、I Want You (She's So Heavy)  が入ってっていないのは一番早い2月のセッションだからかもしれない。Somethingも、7/10から18までにリメイクがあったのかもしれない。 それぞれの曲のあとに私が推測するレコーティング日を入れてみた。


Because

これも既出音源だが長く、リンゴがハンドクラッピングをしながらふざけている。  

いかがだったでしょうか。フラグメントばかりだけど、2年後のデラックス・エディションが期待できるのではないでしょうか。
I Want You (She's So Heavy)のエンディングも聴けるかもしれない。

繰り返しになるが、この音源の収穫は「ビートルズは最後まで熱かった」ということが確認できたことに尽きる(Ain't She Sweetのようなやる気のない演奏ではなく…?)。

またアビィ・ロード熱が再燃してしまった。

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2016年6月25日 (土)

アイ・ドント・ビリーヴ・ユー

Royal_ 世間はビートルズ来日50周年で盛り上がっているところ、ボブ・ディランがマンチェスター・フリー・トレード・ホールで伝説のライブをやってから50周年の話をしたい。

何が有名って、「ユダ!」と野次られて「アイ・ドント・ビリーヴ・ユー」「ユー・ライアー」とディランがやり返し、ライク・ア・ローリング・ストーンを勢いよく始める、という逸話だが、どの書物にもそう書いてあるけれども、数年前にこれには別解釈があることを知った。
出典を調べたがどうしてもたどり着かないので、自分のブログに書いておこうと思ったのだけれど。

この「アイ・ドント・ビリーヴ・ユー」というのはディランの曲名(この日すでに演奏済みである)のことで、「裏切り者!」と言われたことに対して「お前らなんか信じない」とやり返した、のではなく、次の曲名を「ライク・ア・ローリングストーン」と言うべきところ、間違えて紹介してしまったが、間違えに気づいたディランが照れ隠しに「このうそつき野郎!」と自分を揶揄した、というのである。この逸話がものすごく好きだ。

実際にこのライブを聴くと、ところどころ次の曲名紹介やっており、「ノー・ディレクション・ホーム」をよく見ても、真偽のほどはよくわからないが、こっちの逸話のほうがディランらしいなあ、と思うのですよ、私は。
だってこのライブを公式発売するときに、ブートと同じように「ロイヤル・アルバート・ホール」ってクレジット入れて出す人ですよ。
この人は、そういう逸話にノッかる人で、肯定も否定もしない人だと思うんだけどなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=yBIqWmbPdlk (1:50くらいから)

※出典は中山康樹著「超ボブ・ディラン入門」でした。う~ん。

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2014年4月26日 (土)

ZeppナンバでJokermanに会う

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                                                                                                                                     ボブ・ディランの最終公演に行ってきた。
直前に気がついたが、初めてディランを見たのが94年の大阪城ホールで、雷に撃たれたような衝撃を受けてちょうど20年だ。

この人、何度も雷を落としてくれている。初めて「ハードレイン」TVを見た時、「オー・マーシー」を聞いた時、グラミー獲った時、30周年コンサートを見た時。
実は今回、ちょっと逡巡した。平日だということと、固定セットリストだということと、前回、ZEPは相当疲れたこと。結局、最終日に2階席が取れたら行くことにしたが、これがアッサリ取れてしまい、結局大阪公演は最終日以外ソールドアウトにはならなかった。

2階席は本当にVIP感がある。先頃のストーンズやポールのVIP席の価格と較べても、この距離でステージが見えるならお得だ。優先的に入場させてもらい、階段で一般客をシャットアウトし、トイレにも行ける。何しろ、みんな立ってるのに席が用意されている。
こういうこと書くと鼻持ちならないが、しかし、これは後で少し後悔することになる。

四半世紀続いたネバーエンディングツアーは2年前に終わっている。今は単にテンペストツアーで、テンペストからの曲が多いのは当たり前だ。もう以前のようなオープニングアナウンス(…Ladies and Gentlemen, Would you please welcome Columbia recording artist.....Bob Dylan!) もない。何せ1曲目は「シングス・ハヴ・チェンジド」だ。「時代は変わる」ではない。

「今回のライブは完成度が高い」とか言われているが、この四半世紀が日替わりだったんだから、1年以上固定セットでやれば当たり前に完成するだろう。「ボブも年齢からか、今回は休憩を挟んだライブとなっている」と言う人もいるが、ネバー・エンディング・ツアーが始まって以降は、今回のツアーが一番曲数が多いはず。その前に20数曲やってた時代にも、何らかのインターミッションがあったと思う。

「知っている曲が1曲もなかった」と言う人までいる。…少しぐらい勉強してこいよ。それとも「風に吹かれて」知らない人が「知っている曲」って、「ライク・ア・ローリング・ストーン」のこと?
ともかく、彼はそこがZepp Osakaであれ、ロイヤル・アルバート・ホールであれ、同じ機材、セットリストでパフォーマンスを行っている。したがって、今回最終公演だからと言って2回アンコールをやったり、レア曲をやったりなんてないな、と思っていた。

「テンペスト・ツアー」なんて言いながら、あとからセットリストをもう一度見直すと、テンペストからの曲が披露されるのは6曲目以降である(「デューケイン・ホイッスル」)。続いて、「ペイ・イン・ブラッド」を演奏した後は「アーリー・ロマン・キングス」まで4曲を挟むことになる。つまり、「知っている曲が1曲もなかった」と言う人は、初めてボブのライブに来たか、36年ぶりに来たかのどちらかだろう(36年前も相当なアレンジだったが…)。

私は、彼の全作品から厳選された80年代までの選曲と、それ以外の曲との対比がとても気に入った。「シー・ビロングス・トゥ・ミー」「ホワット・グッド・アム・アイ?」「ブルーにこんがらがって」「ラブ・シック」「運命のひとひねり」「見張り塔からずっと」「風に吹かれて」…。とても大事に歌うボブ。とても大事に聴くオーディエンス。

一方、「フォゲットフル・ハート」と「スカーレット・タウン」は極上のバラードだが、それ以外はラテン風、ジャズ風、カントリー風であったり、「ラブ・アンド・セフト」以降どんどん顕著になるボブの吹っ切れ感が反映された楽曲になっていて心地いい。本人が一番心地いいのだろう。このあたりがポールやミックと違うところかな。

さて、終わってから3日が経ったけど、喪失感がハンパない。しょうがないのでYou Tubeで追体験している。
さっき、「後悔した」と書いたけれど、2階席はノリが悪かったのだ。遅れてくるヤツは多いわ、静かな曲でスマホ開くわ、中にはタブレット開いているヤツまでいた。これ、この間ニューヨークでも、映画館やミュージカルでスマホチェックしているヤツがいたので、全世界的な問題なんだろうね。
おまけにドリンクセットは余計だ。ビールのゲップが臭う。

で、結局最後まで立ち上がることはできなかった。
1階に行けばほとんど見えなくて、相当しんどいことになるのだろうけど、立っていれば今回のライヴの印象を少し変えたかも知れないな、と思った。
でもツィッターなんかでは、みんな詰め込み過ぎだ、前回の南港のZEPのほうがよかったと言ってるので、私の言っていることは的を得ていないのかもしれない。
少なくとも「世界がうらやむ」ようなものではなく(前回のコピーは「最初で最後のライブハウス・ツアー」だったが)、確かに1階は身動きがとれる状態ではなくて、中段から後ろは動きが少なく感じたから、やはり巡り合わせだったのかもしれない。
前回出会った視覚障害のある彼は、今回も来たのだろうか。

思えば20年前の大阪城ホールでも、結局最後まで立ち上がらなかった気がする。アンコールも「やせっぽちのバラッド」と「悲しきベイブ」だったので、やっぱり立ってなかったのだろう(「マギーズ・ファーム」では立ったか?)。

あの時は、立ち上が「ら」なかったのではなく、感動して立ち上が「れ」なかった、に近い。あの時も、とても大事に1曲1曲を歌っていたが、「風に吹かれて」も「ライク・ア・ローリング・ストーン」も、「はげしい雨が降る」も「いつまでも若く」もやらなかった。あの時も、MCもメンバー紹介もなく、最後にボブが会場をじーっと見回すようにして退場して終わりだった。「トモダチ、アリガトー」なんて言ってくれなかった(笑)。

今、手元にコンサートパンフがある。これも20年ぶりだ。私が買いそびれていたか、売り切れていた可能性もあるが、97年も01年も10年も見かけなかった。前回、ブログで「オッサンはまた来る」と書いたものの、それがまさか4年後とは思っていなかった。なぜか今回はこれで最期感が高く、20年前とシンクロした。

Zepp Osakaからの帰り道、最寄り駅とは反対方向に歩きだすと、人の気配はすっかりなくなってしまったが、春の夜風が気持ち良かった。思わず、今聴いてきたばかりの「風に吹かれて」を口ずさんでみた。


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